建築写真をアップデートするということ

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こんにちは。

前回のブログで野口修アーキテクツアトリエを主宰されている野口修一さんが設計された『ぼくらの家』の外観写真を掲載しました。実は、この写真をレタッチしている最中、僕の中で建築を別のかたちで表現する方法はないのだろうかという思いが沸々と湧いてきました。

別のかたちで、と言ってしまうとニュアンスが違うような気もするのですが、建築写真の可能性について、僕は自身の表現をアップデートできるのかという問いであるかもしれません。

もちろん僕は、建築写真を撮影するその都度、自分でもその時点で納得のいくレベルの写真をご提供していると思っています。同時にいつも、被写体である建築をより鮮明に表現することはできないだろうか、と考えているのも事実です。

今回は、職業建築写真とはどういうものなのか、その中で写真表現とはどこまでの可能性を秘めているのだろうかということについて、これを書いている現在も頭の中は整理されていませんが、少し考えてみたいと思います。

2022.01.23 「ぼくらの家」完成写真 デモ-1.jpg

建築とは、地面に設置されて動かないものであり、基本的にはそれを使用される方以外触れることも叶わない存在です。故にその建築を流通させて情報共有する術は、画像や映像の二次的な媒体を通してということになるんですね。

であるならば、建築写真は一つにその建築をできるだけ正確に視覚情報として表現しなくてはならないわけです。しかし、建築は物理的な存在であると同時に空間を生成する要素としても機能しているので、建築写真においても建築が纏う空気感や、空間といった見えない部分も表現したいですし、あるいは建築を構成している部材などのテクスチュアやマテリアルにフォーカスすることもまた必然かと思います。

そうしたものを捉えるために建築写真家がすることは、主に三つあります。一つは良い機材を揃えること、次に対象となる建築を理解して撮影すること、最後に編集(レタッチ)です。写真家自身のパフォーマンスを最大限に引き出すために、僕も少しずつ良い機材を揃えてきましたし、撮影については撮影スキルを向上させながら元々建築の人間である強みを活かして建築の捉え方を学んでもきて、これについて少なからず自負心もあります。最後の編集については、僕は、被写体をできるだけ生(RAW)の状態で写真にトレースすることを意識してきました。建築の持つ強さ(弱さ)について都度コントラストやシャープネスをコントロールして、という具合いに。

それはそれで僕の撮影する建築写真を「僕の建築写真」として定着もしているのですが、時々全く異なるアプローチで建築を捉えることができるのではないか、とそれはある種の渇望にも似た意識に囚われることがあるのです。

2022.01.23 「ぼくらの家」完成写真 デモ-2.jpg

それは僕がまだ建築を修業していた頃なので、もう20年近く前のことになるかと思います。ある著名な建築家がいらっしゃって、作品完成にあたりこれまた有名な建築写真家に撮影を依頼されました。建築家は、この建築の本質を捉えてくれと言って、写真家が撮影した写真に対して首を縦に振らないわけです。写真家は何度も現場に足を運び、ついには建築家が納得する写真を作り上げたのですが、その写真はもう情報としてそれを観る人に建築を説明していないんですね。その写真は、建築専門誌に掲載されましたが、その専門誌では専属の写真家の写真しか載せないという決まりがある中で、建築家と写真家のコラボレーションしたなんだか分からない異色の写真を編集部を説得して無理やり載せたという経緯があります。当時この一件は、関わった人たちの間でちょっとした事件になりました。賛否両論、場が荒れたというか、ザワついたといいますか。

これは建築写真というボーダーを越境して写真作家の領域のものでもあるとは思いますが、建築写真のセオリーというものが常に正解であるはずもなく、価値のボーダーレス化が進む中でその方法論なんて指針の一つに過ぎないとも思います。であるならば、建築写真とはこういうものだというやり方とは異なる方法で、被写体となる建築をそうでしかないものとして捉えることを模索しても良いのではないかと思うのです。

それでも僕はやはり、建築写真とは、建築を流通させて情報共有するための二次媒体であるべきだと思っていますし、僕自身建築写真を通じて作家活動をしたいと思ってもいませんので、極端な写真作品に昇華してしまうようなことを考えているわけではないのですが。

昨今の特にファッション系の写真では、コントラストや彩度を低くして、紙面全体が一つの空気感に包まれるような写真を多く見かけます。これは被写体も紙面を構成するツールと捉えて、ひとつの世界を生成するような写真表現だと思います。今回、そのような写真を意識して前回掲載した野口さんの設計された住宅の写真を再度レタッチしてみました。いかがでしょうか。これはこれで一つの写真世界をつくっていると思うのですが、しかし果たして建築を撮っているのか。今後僕は、今まで通りのやり方で建築写真をより良いものにするようにセンスも技術も向上に努めるつもりでいますが、同時にやはり建築写真の可能性については、それが苦しみを伴うものであっても、それがそもそも存在するかどうかあやしかったとしても、たまに夢見て恋い焦がれるんだろうなと思うのです。

2022.01.23 「ぼくらの家」完成写真 デモ-3.jpg