近代からポストモダンへの以降状況について、以前東浩紀、宮台真司をとりあげましたが、より具体的に理解するために小熊英二をご紹介します。
小熊英二著『社会を変えるには(講談社現代新書 2012)』
小熊英二は、同書で工業化社会からポスト工業化社会への移行について触れています。これはつまり「大きな物語」の機能不全、近代からポストモダンへの変容の記述です。
- 日本で製造業の就業者数が農林水産業を抜いたのは、一九六五年
- 製造業者の就業者数のピークは、一九九二年
- サービス業の就業者数が製造業を抜いたのは、一九九四年
- 「東京オリンピックからバブル崩壊まで」が、日本が工業中心の「ものづくりの国」だった時代
工業化社会とは 以下同書抜粋
『工業化社会の象徴は、二〇世紀はじめのフォード自動車工業です。ベルトコンベア式の大工場での大量生産。大量の労働者が雇用されて、高賃金を受けとる。労働者は巨大な労働組合に組織され、賃上げを達成する。大量生産された工業製品は、高い賃金に支えられた購買力によって売れていき、安定した雇用を約束する。こういうサイクルができあがったのが、工業化社会でした。
また男性労働者の雇用と賃金が安定すると、かつては女工や農婦として働いていた女性は、専業主婦になっていきます。
-中略-
(専業主婦は)都市中産層に特徴的なものです。それが大量に生まれたのは、多くの男性が雇用労働者になって、女性が働かなくてもいいだけの賃金を安定的にもらえるようになった、工業化社会の現象です。
この社会では、政治も安定していました。農民や自営業者や企業主は保守政党、労働組合は労働政党を支持し、二大政党制ができます。労働政党が中心になって福祉制度が整えられ、その財源は安定雇用と高賃金から得られる税収と積立金でまかなわれました。』
続けて小熊は、この社会のマイナス面について、社会が画一的(商品が画一化、働き方も画一化、女性が主婦になる以外の選択肢がない、子供はいい大学に行って、大企業に入ることを目指す)であることを指摘しています。
ポスト工業化社会とは 以下同書抜粋
『情報技術が進歩して、グローバル化が進みます。精密な設計図をメールで送れるようになると、世界中のどこでも安い工場に発注すればよくなります。先進国の製造業は、国内の賃金が高いので、海外に移転するか、海外の工場と契約を結びます。国内に自社工場を持つにしても、コンピュータ制御の自動機械があれば熟練工はあまり必要ありませんから、現場の単純業務は短期雇用の非正規労働者に切りかわります。
事務職でも、単純事務は非正規に切りかわり、デザインなどの専門業務は外注すればよくなります。長期雇用の正社員は、企画を立てたりする少数の中核社員ほかはいらなくなります。ピラミッド型の会社組織も必要なくなって、随時に集まって随時に契約解除する、ネットワーク型に変化していきます。
先進国では製造業が減り、情報産業や、IT技術をもとにグローバルに投資をする金融業などが盛んになります。また宅配業者やデータ入力業者など、新種の下請けの仕事がたくさん生まれます。ビジネス街で働く中核エリート社員を支えるためには、単純事務作業員やビル清掃員、コンビニや外食産業などの店員が必要です。
これらはマクドナルドのアルバイトに象徴される、「マックジョブ」とよばれる短期雇用労働者の職になります。一人の中核エリートを支えるために、五人の周辺労働者が必要ともいわれ、これは海外に移転できません。逆に言うと、先進国の都市であっても、多数派は周辺労働者になり、格差が増大します。
働き方が変わってくると、労働組合が弱くなります。人の入れ替わりが激しく、外注や短期契約が増え、そもそも同じ職場で働いているとも限らなくなって、組織率が下がります。「労働者」といってもいろいろになって、どの層の労働者の利益を守ったらいいかむずかしくなります。従来から労働組織に組織されていた正規雇用の人たちを守ろうとすると、非正規労働者との対立もおきがちになり、労働組織は一部の人しか代表していないと思われるようになったりします。
また労働者といえばツナギ服、といった工業化時代の労働者階級文化が、成りたたなくなります。働き方も服装も「自由」で「多様」になって、労働者意識が薄れていきます。それもまた、労働組合と労働政党を弱めていきます。
しかし一方で、企業家であればまとまれる、農民であればまとまれる、といったこともなくなります。みんなが「自由」で「多様」になっていきます。そのため、それらに支持されていた保守政党のほうも弱くなり、既存政党による政治が安定を失って、行き場を失った浮動票が増えていきます。
また長期安定雇用の人が減るので、福祉のための税収や積立金などが減少します。労組と労働政党も弱くなるので、福祉の切り下げがおこり、格差がますます激しくなります。正規雇用が減り、就職争いが激しくなります。低い学歴では「マックジョブ」に就くしかありませんから、大学進学率が上がります。
ただし、かつてのように、みんなが受験戦争をするというかたちにはなりません。家庭が豊かで成績もいい層は競争が激しくなりますが、それ以外は中堅以下の学校に行っても将来が知れているので、意欲が下がって勉強しなくなる層が増えます。こうして、親の格差が子供の世界でも再生産されることになります。
子どもに学歴をつけさせるためには、収入が必要になります。そうでなくても男性の雇用と賃金が不安定化しているので、専業主婦ではやっていけなくなり、女性の労働力率が上昇します。男性の賃金が下がって働く女性が増えると、いろいろな意味で余裕がなくなる家庭も増え、それだけが原因ではありませんが、家庭が不安定化するとも言われます。
失業と非正規雇用は全体に増えますが、年長者の正規雇用の維持が優先されることなどのため、とくに若者でそれらが増加します。なかなか安定した収入が得られないので、親元同居が長期化して、晩婚化と少子化が進みます。』
反面、ポスト工業化社会のいい面として、「自由」が増えることを指摘しています。