山本理顕『地域社会圏主義』とはどのようなものか

こんにちは。

前回は、山本理顕さんが提唱する『地域社会圏主義』について考えてみたいと思いながら、この前段階として近代からポスト近代への移行に伴う建築的な思考の変遷について書くにとどまりました。

ポストモダン状況の進行を簡単に言ってしまえば、西欧形而上学的な一元的な価値の解体であり、あらゆるものが相対化されていく過程と言えるかと思います。

今回は、そうしたことを踏まえながら『地域社会圏主義』について考えます。

この『地域社会圏主義』ですが、タイトルに「主義」の文字があるように、ある一定の立場を表明するものです。

はじめに『地域社会圏主義』について、簡単にご説明します。

まず500人程度の人たちを一つの生活単位と考え、この人たちが住まう賃貸住宅を計画します。この住宅「イエ」は、外部に対してガラス張りの半コモンともいえる「見世」とプライバシーの高い「寝間」から成り、トイレやシャワーやミニキッチンは共有になります。小さな専有部と大きな共有部から構成され、また「イエ」は容積で貸し出されて、事務所やお店、アトリエやリビングなど様々な使い方が可能な「見世」を所有していることとも絡めて多様な住まい方が可能になります。

「地域社会圏」では、共用部を借りて畑を作ったり、太極拳教室を開いたりもできます。ここには生活の相談ができたり、介護施設や託児施設、診療所などのほかコンビニやカフェといった居住者の生活をサポートする「生活コンビニ」と呼ばれる機能も充実しています。

建築的には2.4m×2.4m×2.6mのコンテナ規格を採用したシステム工法で作られ自由度の高い計画が可能であり、自然エネルギーを多用した省エネルギー環境を実現しています。

居住地域内の交通は、コミュニティビークルと呼ばれる専用の乗り物が使用され、長中距離の移動は、公共交通機関と共有化された自動車でまかないます。

 

この他にも「地域社会圏」では、具体的に細かく色々なことを取り決めているのですが、ざっくり拾い上げるとこのような地域共同体の居住形態の提案といえるかと思います。

いかがでしょうか。都市部に限らず家族幻想や共同体幻想が解体されていく昨今の状況の中で新しい地域共同体が提案されていて、それは人口減少や高齢者の増大に伴う独居や空き家、人口集中の偏りや空洞化に対して一石を投じ、自然環境に優しく持続可能な住提案をしていることにワクワクされた方もいらっしゃるかと思います。

事実「地域社会圏」は、都市をたたむとか地域を縮小するとかいう議論もある状況におけるユートピア再考ともいうべきひとつの理想主義的な考え方だと思います。

僕自身、コンパクトな住区と職住一体型の生活形態を担保した地域共同体の再生ということについて、魅力を感じもします。

では、どうしてこのような考えが出てきたのか、現在のこの国が抱える様々な問題に対して素直に問題を解消しようとすればこうした提案が出てくるのも頷けますが、しかし僕は同時代的なうねりのようなもの、世界の成り立ちとの関係において「地域社会圏主義」を読んでみたくなるんですね。

そして、しかし『地域社会圏主義』は実現可能なのか、ということについても考えます。もちろん『地域社会圏主義』は、住区に対する一つの「モデル」の提案ですから、ここでは抽象度を上げて「モデル」としての計画の可能性、不可能性について論考したいと思います。

 

前回のブログで、僕はポストモダニズム建築について触れました。ポストモダニズム建築とは、ポストモダン状況が進行していく中で1978年にチャールズ・ジェンクスが「ポスト・モダニズムの建築言語」で体系化した狭義の建築のスタイルです。そうなのですが、だからといってポストモダニズム建築が、ポストモダン状況におけるポストモダン建築を全て網羅するかたちで体系化しているわけではありません。なぜなら、ポストモダンとは近代を規範としてその価値を相対化する運動ですが、そうした動きの中で様々な建築(のスタイル)が生まれ、その同時代的(1978年当時)な一側面をまとめたものがポストモダニズム建築に過ぎないからです。

例えばデコンストラクティヴィズム(脱構築主義)という1988年にニューヨーク近代美術館でフィリップ・ジョンソン監修のもと開催された『脱構築主義者の建築』展に端を発した建築のスタイルがあります。これは、建築を構成する物理的な要素を還元(相対化)した上で再構築するので、やはりポストモダン建築の一つの表れということができます。このように様々な建築的な試みに対して、ネオモダンとかポストポストモダニズムというようにカテゴライズされたりするのですが、結局のところポストモダン状況の進行に伴う建築の「発見」について、体系化するのは困難なわけです。なぜなら繰り返しになりますが、ポストモダンというのは、近代を規範にしながらこれを解体する行為であり、それはどんどん進んでいくものだからです。

そのような状況の中、やはりポストモダン建築の一つの提案ということができるかと思いますが、「プログラム」という考え方が登場します。デコンストラクティヴィズムが建築を構成する物理的な要素還元であるならば、プログラムは、機能連関による間取りだったり空間だったりのつながり方、分節の仕方の(近代建築の)決まりを解体して再構成するものです。合理的な機能配置に基づく部屋のつながり方や切れ方を一旦フラットにすることで(部屋の序列をなくして)、思いも寄らない生活の仕方や空間の接続が可能になったりするのです。

こうした設計手法を用いた建築家にレム・コールハースやその影響を受けた妹島和世さんや西沢立衛さんをあげることができるかと思います。そして、今回の『地域社会圏主義』を提唱する山本理顕さんもその一人といえるかもしれません。

山本理顕さんは、かつてクラスター状の住宅の間取りのモデルを発表しています。社会との窓口に家族があり、その奥に個人が存在するという考え方を住宅に当てはめると従来型のLDK +個室になりますが、現代は社会と個人が直接接続している状況にあるため、これを住宅に置き換えると玄関が個人の個室につながっていて、その奥に家族が集うスペースがあるというプランになるというのです。

このモデルを集合住宅で実現したものが、熊本県営保田窪第一団地です。110世帯が住む円環状のこの集合住宅は、建築外周部のアプローチから玄関、個室、リビングの順番で住戸内を奥へ進んでいき、最深部でコモンスペースといわれる110世帯共用の中庭に接続する仕掛けになっています。

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山本理顕さんのこのような建築の捉え方は、非常に面白いと思います。面白いと思うのですが、個人が携帯電話やコンピューター端末を介してダイレクトに社会とつながってしまうからといって、それは、物理的な身体がむき出しの状態で社会と接続することと同義に捉えることが可能でしょうか。身体の強引な近接性が、共同体を円滑に駆動させるエンジンになり得るかという問いが生じます。

実は、このあたりが本計画の問題の本質になってくるように思うのです。

 

またまた長文になってしまいました。今回で完結するつもりでしたが、無計画に思いついた順に書いていくという最近の悪しき僕スタイルを、お許しください。

次回はこの続きとしまして、1980年代的な身体感覚と90年代後半以降のアーキテクチャー(システム全体の設計思想や構造)の強化ということについて書いていきます。伊東豊雄さんの東京遊牧少女のパオ、妹島和世さんの再春館製薬女子寮などちょっと触れながら、70年代、80年代、90年代巨大ロボットアニメから見る身体感覚、津村耕佑さんのファイナルホーム(FINAL HOME)とか内藤礼さんの「地上にひとつの場所を」なども。

それから山本理顕さんが同書の中で社会学者の上野千鶴子さんと対談しているんですが、ここでの上野さんの批判が核心をついているとも思っています。

 

それではまた次回。