山本理顕『地域社会圏主義』の考察 完結

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こんにちは。

 

過去2回のブログで、山本理顕さんが提唱する『地域社会圏主義』について書きました。

最初に、近代の「西欧形而上学的な一元的な価値」を解体して相対化していくのがポストモダンだというお話をしながら2回目で『地域社会圏主義』について説明を行い、山本理顕さんがポストモダン建築の一つのスタイルである「プログラム」を思考する建築家の一人だということにも触れました。

 山本理顕さんを建築のスタイルに敢えてカテゴライズするならば、「プログラム」思考型といえるかと思いますが、しかし氏のプログラムの方法は、社会学的見地に基づく社会とか家族の成り立ちとその変容を図式化しているのだと考えられます。

日本では、戦後都市部への人口流入が起こり、これにより農村部での村社会的な共同体や家族形態が崩壊し、都市、郊外では核家族化が進んでいきます。この状態はどんどん進み、少子高齢化や長引く経済の低成長などもあって、家族幻想そのものが解体されていきます。一方で1980年代、バブル経済期まで続く経済成長と合わせて欧米型の消費形態としての店舗、チェーン店型の飲食店やコンビニ、ロードサイド型の大型マーケットなどが文化とともに輸入されて、生活のアウトソーシングが現実的にもなりました。さらには携帯電話の普及、1995年にWindows95が発売されたことによりインターネット環境が整い、以降個人がダイレクトに社会と接続するようになっていきます。

こうした社会状況の変化の中で、かつて社会とつながっていたのは家であり、その奥に家を構成する個人が隠れていたものが、現代ではもはや個人が社会とダイレクトに接続してしまうと考えた山本理顕さんは、そうした個人、家族、社会の関係性の変化を図式的に建築の間取りに落とし込んだのでした。

山本理顕さんは、このような提案を1980年代には発表していました(熊本県営保田窪第一団地の完成が1991年)。

僕は今回『地域社会圏主義』を考えるにあたり、2019年現在の社会状況と合わせてこの1980年代というのが一つの鍵になると考えています。

 

僕は度々1970年代、80年代、90年代(厳密には95年)以降の社会的状況、主に身体的なイメージについて巨大ロボットアニメを取り上げるのですが、ここでも少し触れることにします。

永井豪原作の「マジンガーZ」は、神話的世界観における近代的な身体の獲得を描いている70年代を表象する作品だと思います。至高の有機体としての機械、それが目指す憧憬すべき拡張された身体への接続といえます。僕は、「マジンガーZ」を「父系社会的な自己実現」と表現しています。

80年代は、「機動戦士ガンダム」です。近代的な戦争を背景として、兵器としてのモビルスーツを乗り換えていく「身体の交換可能性」とニュータイプにみる「人間のアップデート」が表象されていると考えます。

95年に放映が開始された「新世紀エヴァンゲリオン」では、世界そのものの究極の相対化(ポストモダンの進行)ともいうべき人類補完計画を目的化した世界における個としての人間存在への問いと自立が描かれていますが、僕はこれを「母系社会的自己承認」作品と位置付けています。

 

『地域社会圏主義』にみられる建築的なフレームの強化とその内部における自由の獲得というのは、様々な価値の相対化が進行する状況下での自由、個人的価値やアイデンティティの獲得に対する、しかしそれが自身の居場所の獲得についての不可能性をも孕むということへの90年代後半以降、現在に至る問いでもあります。「新世紀エヴァンゲリオン」にみられる「何をしてもいいのよ、ただし私が見ている世界の中で」という母系社会的な自己承認をめぐる問いは、核を持たないままシステムが強化されていくインターネットやSNS環境の世界構築とリンクします。(あるいは1991年に発表された内藤礼さんの「地上にひとつの場所を」などは、自己承認をめぐる母胎回帰的な作品として、現代世界を表象しているように思います。)「鳥籠の籠が見えないくらい肥大してしまったら、それは自由といえるか」、僕はそんな風に理解しているのですが。

(1969年スーパースタジオ&ラディカルズによるニューレフト、極左的テクノロジカルユートピアを思考した都市計画との類似性についてはここでは触れませんが、システムの強化とその内部における自由の獲得という点で論ずることも可能かもしれません。)

そうした点で『地域社会圏主義』は、90年代半ば以降2019年現在の世界の成り立ちに対する素直なアプローチと捉えられるように思います。

しかし、同時に『地域社会圏主義』がもたらす個人の近接性、もっと言ってしまえば剥き出しの身体の接続性について、その信頼性に対して僕は少なからず疑問を感じているのです。

これについて考えるのに、1980年代について触れてみようと思います。

 

先ほど「機動戦士ガンダム」を例に挙げましたが、ここで書いたことに「身体の交換可能性」と「人間のアップデート」があります。

1980年代は、サッチャリズムやレーガノミクスが台頭し、新自由主義経済が幕開けました。学生運動が下火になるとともに、「自由・平等・博愛」の思想教育などもあり、政治的無関心と、社会を一つの物語と捉えながら個性に価値を置く個人主義的傾向が強くなっていきます。

文化的には、広告代理店やマスメディア主導の下、あらゆる媒体(思想や哲学なども)をファッションに位置付け、「新人類」が流行語となり、アイドルやディスコ、漫画などのサブカルチャーが流行します。「短小軽薄」と揶揄された当時の若者たちはDCブランドに身を包み、気軽に都市と接続するようになりました。そこには、TPOに合わせて自分の存在、キャラクターを着替え、更新し、浮遊するように都市とつながるような若者の時代性をみることができます。

またコンビニエンスストアは巨大な冷蔵庫といった具合に、生活の一部を都市機能にアウトソーシングするようにもなり、かつて物理的にまた制度やしきたり、あるいは生活自体において所有していたもの、抱え込んでいたものを脱ぎ捨てるようにもなってくるのです。

消費の名の下に都市に生活領域を広げる若者に対し、建築家の伊東豊雄さんは「東京遊牧少女の包(パオ)」を発表し、後にこのモデルを務めた妹島和世さんは、自身の作品である「再春館製薬女子寮」で、広い共用スペースに身を置くことが一人になれる(個人を担保する)という考え方を提案しました。(後にパノプティックな空間指摘を受けてもいる)

1994年に作品展開を開始した津村耕佑さんの「FINAL HOME」(95年前夜、遅れてきた80年代と僕は読んでいます。)も究極の家をコンセプトに建築界隈でも話題になりましたが、これなども非常に個別の身体への信頼を感じるものですね。

他にもバレエや現代舞踊、サーカス、宗教、現代アートだとか、80年代の身体の浮遊性と交換可能性については挙げればキリがないのですが、しかしバブル経済の崩壊、阪神淡路大地震、オウム真理教地下鉄サリン事件、インターネットによる世界の窓など90年台半ばを経て、身体をアップデートしていく行為は衰退していきます。というよりどちらかといえば、ウエストを締めて肩パッドで肩幅を強調するDCブランドや体を締め付けて美しい肢体美を見せようとするボディコンシャス、それが捏造された虚構の身体であることに気づいてしまったのかもしれません。

 

何れにせよ、1980年代の身体的な感性というのはそういうものだと思います。そして、『地域社会圏主義』にみる身体の近接性や社会との接続について、こうした80年代的な身体性を読み取るとともに、2019年時点での僕は、それでも人は「所有」をやめないと思うんですね。

それは、『地域社会圏主義』のように物理的に衣類や本や趣味のものなど「もの」を持たないことの非現実性ということにとどまらず、空間を所有することについてもいえるかと思います。トイレでホッとしたいし、浴室では寛ぎたい、調理したり食したりすることを楽しみたいと思いますし、何よりも心身を解放する閉じた場所(一時的にでも引きこもる場を所有する)が必要に思うのです。

また、これは話が少々飛躍してしまうかもしれませんが、所有を止めることが困難なものというのもあります。僕は、現在先祖が残した土地を所有していますが、そのほとんどが接道もしておらず、毎年草刈りを行なって固定資産税を支払うだけの土地です。利用価値がないので、タダでも貰ってくれる人(役所なども)も居らず、ただそうした土地に縛られて身動きすることもできずにいるのですが、何を言いたいかといえば、身体の自由とともにどこでもどのようにでも住めるということは、そうできる前提として既に何かしらから自由であるということです。

『地域社会圏主義』は、一つの共同体に対するモデルですから多くを望めないとしても、しかし、もし今後実装を前提とした議論をするならば、こうした住むことの自由を担保するための前提の獲得について議論することが求められるのではないでしょうか。

 

というわけで、僕は様々な意味で身体的な自由を獲得することの困難さとともに、近接性や身体の直接的な接続が共同体として機能することはないのではないかなと考えているわけですが、これを補完するために、最後に同書内で山本理顕さんと社会学者の上野千鶴子さんが対談されているのですが、上野さんの批判をここに記してこのブログを終わりにしたいと思います。

 

「ただ私はやはりコミュニティや地域という言葉に対して、とても抵抗があるんです。地域社会圏というのはまさに地域と空間がくっついたものですが、空間の近接性が共同性をつくるという建築家の信念にはどうしてもついていけない(笑)。社会学者の目から見ると、そういうふうには共同性はできあがっていません。保田窪団地で調査しても、同じ階、同じ階段室で共同性なんてできないことが分かった。むしろ有効なのはライフスタイルや価値観の共同性で、選択性が高い。都市社会学には1k㎡生活圏という考え方があります。1k㎡は、徒歩15分、自転車なら5分で行ける距離で、この範囲で生活が完結する傾向があるという意味です。1km×1kmだと100haですね。

中略

私が80年代に行なった千里ニュータウンでの「女縁」の調査では選択縁の規模は5-7人で、その母集団は大体15000人くらいでした。

中略

社会学にはアソシエーションという概念があります。共通の関心や目的などで集まった機能的集団のことですが、居住コミュニティではなく、居住アソシエーションと呼べばいいのではないでしょうか。

シェアハウスが持続するのは、寝るところだけをシェアしていて、あとは一切シェアしていないからです。毎日全員が違うところに出かけて、ほとんど顔を合わせないから成り立つ。一方、昔のムラ型の共同は生業の共同です。抜けるに抜けられないしがらみですが、そういうコミュニティとシェアハウスはまったく違う。」