こんにちは。
僕は、建築の設計や建築写真の撮影をしていますが、日々自身の作品を向上していくこと、より良いものにしていくことを心がけています。そのために最も大切にしていることが、自分の作品を客観的に見ることです。他の良い作品に数多く触れ、それとの比較において自分の作品、思考やスキルも含めて自身の現在地を探ることをとても大事に思っています。
これはなかなか難しくもあり、まず良いものを見極める目を養うことが必要になります。その上でそれとの比較において、自分ができていること、できていないことをきちんと理解することが重要です。
人は誰しも自分の能力を高く見積もる傾向があります。何かを創造する人は、自分に自信がなくてはなりませんし、それでも自分のやっていることに対して常に俯瞰的に見るというのは、何かを生み出すことと同等の強い意志と鍛錬を必要とするでしょう。
ダニング=クルーガー効果というものがあります。デイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーが提唱した認知バイアスについての知見です。何かをはじめる、少し分かってくるとその分野、世界のことを全て理解したと錯覚し、自信にみなぎる時期がきます。これを「バカの山」と言います。その後、自分の探究する分野の奥深さを知り「絶望の谷」に落ちた後、探究を続け、「啓蒙の坂」を登り、「継続の大地」へ至るというものです。
「バカの山」に居続ける鈍感で幸せな人もいると思いますが、そうした人は何かを向上したり、成し遂げることはできません。そして「絶望の谷」を経験して、自身を磨き続ける人は謙虚です。何故なら、自分の居る世界の奥深さを知っているからであり、その世界における自分の立ち位置を理解しているからです。
生涯を通じて僕はこれからいくつの建築を設計し、どれだけの建築写真を撮影するか分かりませんが、常に作品をアップデートできると信じて「啓蒙の坂」を登っていきたいと思っています。有名が一流と同じではなく、大衆にウケるものが良いものであるとは限りませんし、マジョリティがマイノリティの上位にあるわけでもありません。有名になることや他者からの承認や賞賛を得ること、そのためのツールとして創造を利用することを僕はしません。ただ創造のために創造するのです。日々過去の自分を乗り越えていくことは、僕にとって素晴らしいことですし、そのための研鑽を積むというのは喜びなんだなと思っています。
さて今回は、この夏、鈴木俊祐建築設計事務所の鈴木俊祐さんが設計監理された『市原の家』を撮影してきましたので、ご紹介したいと思います。
鈴木俊祐さんは千葉県のご出身で、著名なアトリエ事務所に勤務されたのち独立されたお若い建築家です。
今回『市原の家』を撮影させていただいて、ミニマルな造形を実現するために膨大な設計検討をされたことが、プラン、構造、ディティール、テクスチュア、マテリアルに表現されていました。
『市原の家』は2棟からなる住宅で、お隣の建主さんのご実家と連結することで3棟を外回廊で繋ぐ配置となっています。2棟の母家は、1階をLDKと小さな和室、2階を2つの個室と水廻りからなり、分棟は建主さんが趣味的にご使用される小さな理容室になっています。
建物配置も住宅のプランも単純な構成をしていますが、外回廊によるつながりや土間空間、境界分節としても機能する美しい鉄骨階段などにより、豊かな空間の膨らみを感じます。また仕上素材を最小限にするとともに各所ディティールを消すような細やかな設計がされており、それがまたRAWの空間そのものを全面に押し出してもいました。
この日は、真夏の猛暑日で噴き出る汗を拭いながらの撮影となりました。夏の太陽が照りつける中で撮影した写真は、どうしてもコントラストの高いギラギラとしたものになりがちですが、鈴木さんからは、そうしたコントラストや彩度を抑えた写真に仕上げて欲しいとのご要望をいただきました。コンテンポラリーな建築写真の一つの流行として、建築のマテリアルの消失や軽やかさを表現するというのがありますが、この住宅も実際その軽やかさを表現するのに、そうした写真側からのアプローチは有効であると思いました。こうしたご要望にお応えすることは、僕にとっても一つのチャレンジになりましたし、建築写真表現の幅を広げることにもなったと思っています。
今回、素晴らしい建築作品を撮影する機会を頂戴できましたこと、この場をお借りしてお礼申し上げます。