岡村ミユさんの2回目の個展『TRACE』とお譲りいただいたもの1

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こんにちは。

少し前のことになりますが、2022年6月25日から28日まで小田原の伊豆箱根鉄道大雄山線の井細田駅に隣接したギャラリー「dot.」で岡村ミユさんの2回目となる個展が開催されました。

岡村さんと岡村さんの絵画については、このブログでも『岡村ミユさんの初めての個展へ小田原まで』で紹介させていただいております。

僕は岡村さんの絵画の一ファンとして、今回も車を走らせて個展会場を訪問しました。

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梅雨の季節の小田原でしたが、この日は快晴で夏の日差しが照りつける暑い日でした。会場は、アート作品を取り扱うギャラリーというよりも多目的なイベントスペースという趣で、そこに家具などを並べて岡村さんの作品が置かれていました。岡村さんは、黒いワンピースを着られて在廊されていて、地元のお友達やクリエイターのお仲間などが訪問されては、岡村さんと岡村さんの作品を囲んで歓談されていました。

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作品を通じて、また岡村さんとの会話を通して、今回の個展で僕は、岡村さんの作品により深く掘り込んだ解釈を得ました。前回のブログでも『岡村さんがご自身の絵を「お守り」とおっしゃるように、これらは全て彼女の分身であり、何かを削られながらかもしれないし、吐き出すようにかもしれませんが、何かと交換して生み出される絵なんだなと納得しました。』と書きましたが、彼女のおっしゃられていた「お守り」の意味について、理解を深めたように思います。

岡村さんの絵は、大きく「もの」と「ひと」に分けられると思います。「もの」を描いた絵は、八百万の神に対する信仰のように、そこに「ある」ものへの愛情が刻まれています。これに対し「ひと」は、極端にデフォルメされて形式化された人体であり、記号化されています。僕は、この「ひと」の絵についてずっと気になっていて、けれど言語化という部分での理解をできないでいました。

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岡村さんは、まだお若い作家さんですが、それまでの人生で強い精神的なストレスが身体に変調をきたしていた時期があったとお聞きしました。岡村さんは、元々絵を描くことがお好きだったのですが、はじめはご自身のために描かれたのが現在の創作につながっているとのことでした。つまり彼女の描く「ひと」は、もちろん彼女の分身であり、内なるものの表出なのですが、同時にご自身の身代わりとして、言葉を変えるならば形代や雛人形の類、つまりは「お守り」であるということを知ったのです。

僕はこのことを理解して、はじめて岡村さんの絵と「お守り」が繋がり、雷に打たれたような衝撃を受けました。言語的な階層で僕は岡村さんの絵をより深く理解し、鑑賞者である僕自身がこれらの絵を介して超自然的なものと繋がる「祈り」の扉を開いたようにも思います。

しかし同時に非言語的な領域、潜在意識下ですでに岡村さんの絵を理解していたかも知れないとも思っています。言語的解釈は作品理解を深める術にはなりますが、絵そのものが放つオーラのようなものについて、人はその対峙においてただ涙を流すことがあるのです。

今回僕は、岡村さんの作品を通じて、また岡村さんとの対話から多くのものを得ることができました。人は孤独でありながらも強いものだという「生」への賛歌がそこにはあるように思うのです。

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